Vol.06
料理が生きる力を育む
障がい者が働く地域食堂へようこそ
大阪市住吉区、杉本町にある団地。ここには、週に3日、正午から2時間だけオープンする食堂があります。
開店と同時に満席になるほどの盛況ぶりで、味はもちろん、ほっこりアットホームな雰囲気がランチに訪れる人を温かい気持ちにさせてくれます。実はこのお店、障がい者スタッフが調理、サービスを担当しています。
― プロフィール ―
中川悠
中川悠さん。NPO法人チュラキューブ、株式会社GIVE&GIFT(ギブアンドギフト)2つの法人で代表を務める。大阪国際工科専門職大学で准教授として学生の指導にあたる。自身は関西大学人間健康科学部で博士課程に在籍中。
- 「杉本町みんな食堂」の運営に携わっているNPO法人チュラキューブで代表を務める中川悠さんは、精神病院を営む祖父、義肢装具の開発者の父を持ちます。「幼いころから障がい者に関わる環境で育ったため、福祉の世界は私にとって当たり前のものでした」と話します。
大学卒業後は雑誌の編集者として忙しい日々を送っていた中川さんでしたが、29歳のときに「社会の困りごとを解決したい」と、障がい者福祉に取り組む会社を立ち上げました。
起業した中川さんは、障がい者雇用の現実を目の当たりにして愕然としたそう。 - 「当時、障がい者スタッフの給与は12,000円台…。これが、大阪の平均的な金額でした。都市部の障がい者福祉作業所は、清掃をしたりパンを作ったり、工場の下請け作業をしたりと、単純作業がほとんどでした。地方部では、農作業の選別などの仕事があり、大阪府よりは賃金も少し高くなりますが、それでも生活できるほどの金額ではありません。あれから時代が進み、少しだけ賃金が上がってきましたが、今も就労継続支援A型は8万円程度、B型の事業所のお給料は、大阪で平均17,031円なんです」
この状況をなんとかせねば!と、中川さんは編集者時代に培った情報収集力と時代を先読みする目で多種多様なサービスの提供を始めました。

中川悠さんのトレードマークは赤いメガネ。社会の困りごとを解決するために日々奔走中。
大阪国際工科専門職大学で准教授、2つの法人の代表を務める傍ら、関西大学人間健康科学部で博士課程に在籍中。
- お墓参り代行サービスや冷凍ロールケーキの販売、缶バッジづくりの事業、伝統工芸の担い手を養成するプロジェクトなど、障がい者福祉作業所の収入を上げるため、たくさんの事業を手がけてきました。また、オフィス街でカフェ併設の福祉施設を運営したこともあります。障がい者スタッフに調理場に入ってもらい料理、片付け、接客の一部を担当してもらいました。カフェの表部分に立つのは、キュートでおしゃれなスタッフさんたち。そうしたら、カフェが人気店に。そのときに気づいたのは、『食べているものは誰が作っているのか関係ない』というお客様側の視点、そして働いている障がい者にとっては『おしゃれなものを自分たちが作って、それが売れてうれしい!これをつくっている自分たちってすごい』という自己肯定感アップにつながるということでした」。
厨房で働く障がい者スタッフの中には、普段はカップ麺しか食べていなかったのに、カフェで働くようになり野菜を入れて食べるようになったというスタッフもいたとか。中川さんは料理の場に身を置くことで「生活力、すなわち生きる力が身につくのでは」と、思い至ります。
そんな折、中川さんのところに大阪府住宅供給公社から「団地の全71部屋中、20部屋が空室で、51部屋中、34部屋が65歳以上であり、団地のコミュニティづくりをお願いしたいと相談がありました。


(左)杉本町にある公団住宅の集会所をカフェにリノベーション(右)一部屋丸ごとを食堂に
- 「団地の一部屋と集会所を使って、複数の企業と連携し、企業に雇用された精神障がい・知的障がいのあるスタッフが調理・接客・清掃を担当するランチ食堂をつくることにしました。それが2018年にオープンにしたこの『杉本町みんな食堂』です。提供しているのは、400円の定食とコーヒー。障がい者スタッフが地域の高齢者や住民の方々に安価で栄養バランスのとれたお食事をつくり、サービスをします。食事が終わった方は、集会所に移動してデザートやご近所さんとおしゃべりを楽しむこともできます。食事をしなくても集会所のカフェでゆっくりしてもらうことも大歓迎。障がい者スタッフが地域で暮らす人を支えるという取り組みです」。

コーヒーは100円、スイーツは150円。さらに、メニュー表には「くつろぎのみ 無料」と書かれています。住民さんと一緒にテレビに出演したり、認知症の高齢者を助けにいったり、大切にしてくれた住民さんが亡くなってしまったり。オープンから7年目を迎えるなかで、これまでには予想外の出来事もたくさんあったと中川さん。昨年末は、「昔にはあった行事を復活させてほしい」と高齢の地域住民からの熱い希望があり、障がいのあるスタッフみんなで餅つきを開催。住民が安心して年を越せるように、地域みんなでつきたてのお餅を食べたり、団地の全室にも紅白のお餅を配りました。

取材日のメニューは天津飯と粕汁、副菜。街のカフェやレストランで食べるのと変わらない美味しさでした!
- みんな食堂は、2019年にグッドデザイン賞、2020年には厚生労働省健康寿命をのばそう!アワードで優秀賞を受賞。地域コミュニティと食と障がい者の働く場づくりが評価されたことに加え、スタッフの雇用方法と形態が非常に特徴的で「そんな方法があったのか!」と話題に。
- 「国の障害者雇用促進法により、43人以上の従業員のいる企業は、従業員の割合に対して2.5%に当たる人数の障がい者を雇用すると定められています。守らない企業には、罰則規定もありますが、悲しいことに法律がうまく機能していない側面がたくさんあります。障がい者を雇用することへの理解が圧倒的に少なく、大多数の企業で障がい者を雇用できていない状況です。でも、企業で働くことができた障がい者の平均賃金は月に16万円程度も得ることができます。就労支援施設と比べて約10倍の賃金を得ることができるからこそ、当事者の人生はどんどん豊かになっていくんです。これからも、企業の受け入れを増やしていきたいと考えています」
- 多くの地域食堂は収入が少ないからこそ、人件費を払うことができないし、長く続けることが難しい。そこで、中川さんはあることを閃きます。それが、企業と障がい者双方のニーズを解決する「在籍型出向モデル・ユニリク(ユニバーサル・リクルーティング)」です。
- 「企業の障がい者雇用はとても難しい。ならば、福祉に携わる私たちが企業の人事担当者の障がい者採用のサポートに入り、私たちが運営する地域食堂のほか、社会福祉法人や地域のこども食堂、シニア食堂などに出向してもらう形で企業の雇用率達成を実現するというものです。みんな食堂のように地域のコミュニティの場で働くことは、企業にとっても地域貢献にもつながります。障がい当事者にとっても、地域の中で働き続けることが目標になり、現在の定着率は約84%という高い数字になっています」

スタッフは雇用先の企業名が入ったエプロンをつけています。いろんな会社のスタッフが協力しながら食堂で働きます。
- 企業は雇用率を達成し、障がい者は確かな賃金をもらいながら、理解ある職場で働けるという、これまでの障がい者雇用になかった画期的なアイデアです。出向先を地域の食堂にしたのは、中川さんがカフェを運営していたときの「料理は生きる力を育む」と体感した経験から。

食堂では、みんな平等、焦らない、お客さんのために仕事をすることがルール。
- 「スタッフの中には過去に料理人として働いていた人もいて、おでんや天ぷらなど高齢者の方が普段、召し上がることがないものをメニューに入れてくれたり、献立が被らないように考えてくれたり、みんな成功と失敗を繰り返しながら責任感を持って働いてくれています。現在のスタッフは本社でバリバリ働く暮らしを目標にしていません。ゆっくり焦らずでいいんです。ランチ食堂もかなり忙しい現場ですから、働きがいを感じながら一生懸命働いて、企業から安定した賃金をもらえることで、洋服が買える、本が買える、USJに行けた!というスタッフも。料理をつくる経験で得られる生活力に加え、自分の楽しみに使えるお金があるっていいことですよね」

食堂の運営には、管理者のスタッフも常駐。障がい者スタッフのフォローやケアも行っています。
- 中川さんは、10年以上、障がい者の就労の世界を見てきた中で、たくさんの課題に取り組み、やりきれない思いを抱えてきました。社会福祉の世界に、アイデアとビジネスの視点を取り入れて、絶妙なバランスでアウトプットしていく中川さんにこれからの目標を聞くと。
- 「障がい者を雇わなかった世界から、雇った方がいいと誰もが思える世界になればいいなぁ」。
- その世界が、きっと来ると信じています。
中川さんの、きのうの晩ごはん
「真夜中に初チャレンジをしよう!」と、ずっとやってみたかった小豆を真夜中に炊いていました。食べたものはそれかな。 気になったら、やらないと気が済まないタイプで(笑)
★杉本町みんな食堂
大阪市住吉区遠里小野3丁目10-11 OPH杉本町102
オープンは毎週月・水・金 12:00~14:00(祝日休)
https://minna-shokudo.jp/
★みんな食堂の運営について
特定非営利活動法人チュラキューブ
https://chura-cube.com/
★ユニリクについて
株式会社GIVE&GIFT
https://give-and-gift.jp/