2050食生活未来研究会

2050みらいごはん通信 写真

Vol.14

人も生き物も環境も、
みんな一緒にずっと生きていく

エシカル、エコ、生物多様性などなど、環境にまつわる様々なキーワードがトレンドのようにもてはやされる現代。私たちは、自分たちが暮らすこの環境とどのように向き合えばいいのでしょうか。総合地球環境学研究所(地球研)内にある上廣環境日本学センター長の吉川成美さんに「食や農業を通して環境と共に生きること」をテーマにお話をうかがいました。

吉川成美さん
総合地球環境学研究所(地球研)上廣環境日本学センター長・特任教授。博士(農業経済学)。自然資源の保全と持続可能な農業をテーマに、農家の伝統知に新たな価値を見いだす実践研究に取り組んできた。CSA(地域支援型農業)など、農と食をつなぐ国内外の活動にも携わる。現在は、人と自然、過去と未来、個と共同体が交わる「あわい」に着目し、日本の環境経験や倫理観を現代に生かす「環境日本学」の構築を進めている。県立広島大学大学院経営管理研究科教授。

環境日本学って?

吉川さんが在籍する上廣環境日本学センターは、京都市北区にある総合地球環境学研究所内にあります。「環境日本学」とは、人間と自然を分断せず、もろとものエコシステムを共創することで、人間中心主義を超えて、人と自然の未来可能性を探求するものとされています。
「日本にとって環境とは何か、人間中心ではなく、人間以外の視点を持って考えようというものです。私の研究分野でいうと、食と農を通してそのあり方から、人間を考える、環境を考えるということを行なっています」と吉川さん。

高畠町の有機農業から学んだこと

草木やものにも魂が宿る

吉川さんが長年フィールドワークを続けている山形県高畠町。この町では、1970年代に『高畠町有機農業研究会』が立ち上げられました。日本の有機農業の草分け的存在として知られ、高度経済成長期に農薬・化学肥料の多投や機械化、装置化といった農業の近代化が進められる中にあっても独自の農業を続けてきました。
「高畠町の有機農業は、農薬を使わないとか有機の農法を選ぶとか、そういうことだけではなくて、地域の中の生き物たちを生かして、共生していく、そんな農法です」

吉川さんが高畠町に足を運ぶ中で感銘を受けたことがあります。それは、高畠町を含む山形県置賜地方に、刈り取った草木の命に感謝し、供養する「草木塔」が江戸時代から建てられてきたことでした。
「日本のいろんな場所に、命をいただいた動物や水産物への供養塔や供養塚があると思います。古くからのものであれば貝塚とか、現代においてもお寿司屋さんが玉子塚を建てたり、天ぷら屋さんが海老塚を建てていたり。命に感謝する『いただきます』は、日本の食生活や農業の原点になるものだと思うのです。また、“付喪神(つくもがみ)”という言葉があるように、食べるものだけでなく、道具や物に対しても魂が宿ると考えられていて、役目を終えたら、きちんと供養する習わしがあります。自然や暮らしの中のあらゆるものに畏れや敬意、感謝を常に持って暮らしてきたのが日本人なんです」

あらゆるものに命や魂を見るこうした感覚が、食や農業の世界にも通じていると吉川さんは考えています。
「高畠町では有機農業を続けてきた結果、土の中にさまざまな生き物が棲みつくようになります。有機農業の土ってサラッとしていて、泥がべたっと手に残らないんです。ふかふかとした団粒構造で、温かいんです。この土のことを有機農家であり、詩人であった故・星寛治さんは『滅びない土』とおっしゃいました。滅びないということは、その中に未来永劫に生き続ける命の場と循環があるということ。その命の循環の中で自分たちがまいた種が芽を出し、植えた苗が実ってお米になっていく。あらゆる命を絶やさないためには、当然、除草剤をたっぷり散布することはできない。自分たちの手を使いながら、あらゆる生き物と一緒に農産物を作っていくことになります。人間の効率を重視したら、多様な命は重要視されないのかもしれません。でも、有機農業の田んぼは多少の天候不順があっても負けない根を持っているんです。ベテランの有機農家の方たちは、自分自身の手による適応能力を持っているだけではなく、作ってきた農産物に対しても適応力を授けている気がします」

吉川さんは、自身が高畠町で学び得たことから「人間も生物多様性の一つの要素であり、エコシステムの中に存在するのでは」と考えています。

タイの少数民族が作るアカアマコーヒーの可能性

昨今、南米などコーヒーの大産地では森林火災や気候変動によって、これまでのように安定して安価なコーヒーを生産・供給することが難しくなっています。人間視点での効率の良さを追求した大規模プランテーションが機能しなくなったときに、消費者はどのような選択をするのか。一方で、世界には6億を超える農場があり、その9割以上は家族経営の農業(家族農業)で、世界の食料の約8割(金額ベース)を生み出しているとされます。国連も2019〜2028年を「家族農業の10年」と定め、その役割に光を当てています。吉川さんは、新しい価値としてアジア地域の少数民族が育てるコーヒーに可能性を見出しています。
「日本は世界有数のコーヒー消費国ですが、価格の高騰を見ても分かる通り、今、コーヒーのサプライチェーンが危機に瀕しています。これまでは南米の大規模プランテーションからの輸入を主としていましたが、タイ北部やラオスなどの小規模なコーヒー農家が注目されています。彼らは家族単位で農園を開き、森林資源を守ることによって、その生態系とコーヒーの文化も守ってきた歴史があります。代表的なのが、タイ北部の山岳少数民族・アカ族が育てる『アカアマコーヒー』。アカ族のコーヒー農家出身のリー・アユ・チュエパさんが、国際NGOで働く中で社会的企業という考え方に出会い、助成金を得て、自分の実家で代々続いてきたコーヒーの生産を見直したことから生まれました。リーさんは、山の村で初めて大学を卒業した方。ブランド名の『アマ』は現地の言葉で『お母さん』という意味だそうです。2010年にチェンマイで小さなコーヒー店を開き、少量でもきちんとプロダクト化し、ブランディングして『アカアマコーヒー』として世に送り出しました」

現在は東京・神楽坂の店舗(2020年、アカアマコーヒー初の海外店舗として開店)や早稲田の焙煎所を兼ねたカフェ、webで購入することができるそうで、そのきっかけはコーヒー好きの日本人だったそう。
「プロダクト化する際に日本人と出会い、対話を通じて、ショップでの展開など話が進められたとか。小規模で数が限られたプロダクトであっても、魅力を伝えれば飲みたい人や応援したい人に届けられるという、インターネットの時代だからこそできるビジネスですよね。実際に私も気になり、現地に行ってきました。アカ族のコーヒーは、フルーティー。コーヒーはキリマンジャロとかモカとかそんなイメージでしたが、全然違って、それがまたおいしい。このような小さなスケールから循環していく経済って素晴らしいと思うんです。危機から始まった美しい経済とも言えるかもしれません」

和を以て貴しとなす
持続的な幸せの先に見えるもの

「高畠町もアカアマコーヒーもウェルビーイングなビジネスだと思うんです。ウェルビーイングとは、個人の持続的な幸福度でもあるのですが、私は日本語で言うと『和』だと思うんです。分断するのではなく、人も環境も全てを包み込んで一緒にやっていく。その軸は、日本の『和』を尊ぶ心にあるのではないでしょうか」

吉川さんは、これまでのフィールドワークや研究を通して見えた、日本の伝統的な概念や「和」の精神が人間と環境を考える一助になるのではと投げかけます。
「高畠町の有機農業しかり、タイのアカアマコーヒーしかり、人間が自然をコントロールするのではなく、自分たちが暮らす周囲に目をかけ手をかけること、すなわち人と環境が和の状態を紡ぐことが、人と環境を持続的に循環させることに繋がっていくのかもしれません。日本人が大切にしてきた「一緒に、共に、あらゆるものに敬意を払う」精神と「和」が、これからの食と農を支えるキーワードになりそうです」

昨日、何食べた?

高知の日曜市で買ってきた四方竹(しほうちく)、たけのこをトマト出汁で炊いたもの、ごぼうの葉のオリーブオイル炒め、あとは羽釜で炊いたごはんです。



忘れられない食のシーン

故・佐藤初女(はつめ)さんに握っていただいたおむすびです。初女さんは、青森県弘前市・岩木山麓の「森のイスキア」で悩みや困難を抱えた方を受け入れ、ご飯を出して、立ち直りを支援していた方。丸いおにぎりを手渡しでくださるのですが、人が絶望したとき、なぜかこのおむすびを食べると気持ちが開いていくんだそうです。食材が痛くならないよう、包丁を使うときも優しく切る、水のあたりも優しく。食べるモノではなく、命があるものとして全てに向き合っていた方でした。